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王冠を捨てた恋


  戦前の日本の新聞では海外の王室にも敬語表記を使っていた。1936年(昭和11年)12月、日本国内では連日、イギリス王室の記事が大々的に報じられ続 けていた。戴冠式を前にしたエドワード8世とアメリカ人シンプソン夫人の禁じられた恋によるイギリス国内の大騒動、世に言う「王冠を捨てた恋」事件であ る。エドワード8世とシンプソン夫人の恋愛沙汰はアメリカやイギリス自治領の新聞では大々的に報じられていたが、イギリス本国では報道規制が行われ、 1937年5月のエドワード8世の戴冠式は予定通り行われるとほとんどのイギリス国民は信じていた。
 
 1936年11月25日、イギリスのボールドウィン首相はバッキンガム宮殿でエドワード8世からシンプソン夫人と結婚したいと正式に意思表示さ れ、閣議に持ち帰った。この時点ではイギリス国内は平静であった。スペイン内戦の方が重要な問題と思われていたからである。これが突然、事件化するのは 12月1日、ブラッドフォードのブラント僧正が説教の中で、イギリス国民はこの問題に無関心ではいられないと発言、これが地方新聞で大きく報じられ、12 月2日にはロンドン中の騒ぎになった。シンプソン夫人はその夫人という肩書からわかるように離婚歴があり、離婚前の人妻時代からエドワード8世と交際して いたのだが、英国国教会では離婚は禁じられているために憲法問題にまで発展したのである。
 
 やがて問題は保守党内でのボールドウィンとチャーチルの政敵同士の抗争となり、エドワード8世は退位か結婚取り消しか、どちらかを選ぶしかなく なってしまう。12月8日までにはエドワード8世は退位への覚悟を固め、12月10日の日本国内の新聞夕刊トップでもエドワード8世退位間もなく発表と いった意味の記事が掲載された。そしてヨーク公がジョージ6世として即位する事も事前に明らかになっている。この時、ジョージ6世の娘、後のエリザベス女 王は11歳だった。イギリス国内では12月7日頃からエドワード8世は結婚取り消しを発表するとの観測が流れていて、12月9日夜になって急転直下、エド ワード8世退位は確実との情報が流れて人々は宣戦布告以上の衝撃を受けたという。
 
 そして12月10日、エドワード8世退位の詔勅が下った。午後3時30分、イギリス下院の議場でボールドウィン首相がエドワード8世退位の詔勅 を発表し、ヨーク公の王位継承が決まった。午後4時にはピカデリー広場に号外が出て、ロンドンの街は騒然、シティでは電話がすべて塞がれてエドワード8世 退位での経済変動にビジネスマンらは備え、クリスマスセール中のウエストエンドでは女性達は皆、店から飛び出て号外を奪い合い、商いがストップした。映画 館では字幕スーパーでこのニュースが観客に伝えられ、映画上映終了と同時に映画館内にはイギリス国歌が流れ観客が皆、起立、バッキンガム宮殿の前には王族 の出入りを一目見ようと女性達が殺到した。
 
 エドワード8世は12月11日午後10時1分からラジオ放送で英国民に呼びかける。新しく王座に就く弟のヨーク公への忠誠、自らシンプソン夫人 との結婚のために王座を去るのに後悔のない事、イギリスを追われてもイギリスの繁栄を祈る心に変わりはない事。その後、エドワード8世は王族と最後の食事 を取って、12月12日に日が変わったばかりのポーツマス軍港からひっそりと出航、イギリスを去ったのだった。
 
 エドワード8世とシンプソン夫人は1937年に結婚、1940年から1945年まではカリブ海のバハマ総督として現地に赴任、ウィンザー公夫妻 として「王冠を捨てた恋」のロマンスの当事者を演じ続けねばならなかった2人が実際は不仲であるらしいという噂は公然の秘密だった。
 
エドワード8世は1972年(昭和47年)5月28日午前2時25分(日本時間午前10時25分)、パリのブローニュの森の自宅で77歳で死去。10日前にはイギリスのエリザベス女王と対面をしたばかりだった。
 
 シンプソン夫人は1986年(昭和61年)4月24日朝、パリ郊外のヌーイ市で89歳で死去。シンプソン夫人の晩年は寝たきりで、この頃に英皇太子と結婚したばかりのダイアナ妃の存在も知らなかったという。
 
 「王冠を捨てた恋」の真実が暴露されたのは21世紀に入ってからだった。イギリスの諜報部の資料から、シンプソン夫人はエドワード8世との交際 と同時進行で年下のセールスマンとも付き合っていた事実や、ナチスのリッペンドロップとも深い関係にあった事などが次々に暴露されたのだった。「王冠を捨 てた恋」でシンプソン夫人の結婚による王室入りにイギリス政府が難色を示した本当の理由は離婚歴ではなく、シンプソン夫人の正体はナチスの手先で、エド ワード8世との結婚によってイギリスがナチス融和路線に転じて国の進路を誤るのではないかと危惧したという事であった。「王冠を捨てた恋」のロマンスの背 後にはヒトラーの影があった。ヨーロッパでナチスドイツの進撃盛んな頃にカリブ海に夫妻が追いやられたのも、イギリス政府がシンプソン夫人の背後にいるナ チスを警戒したためであった。
 
 その事実をエドワード8世は知る事はなかったものの、シンプソン夫人との夫婦仲は冷え切っており、それでも意地で外では仲の良い世紀のロマンス のカップルを演じ続けなければいけない苦しさ。「王冠を捨てた恋」はエドワード8世とシンプソン夫人を死ぬまで縛り続け、世間の目を気にして2人は離婚も 出来ず、別の伴侶と恋愛の自由を謳歌も出来ず、これなら結婚などせずに愛人関係のままの方がどんなに良かったろうと思った時もあったのではないか。
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